https://dot.asahi.com/articles/-/240798?page=1
パワハラや「おねだり」などの疑惑が告発され、県議会が全会一致で不信任を決議して失職した斎藤元彦前知事が、11月17日の兵庫県知事選で再選を果たした。斎藤氏が当選した原動力は間違いなく、SNSを駆使した選挙戦術にあった。
【写真】SNSを使った選挙戦術で都知事選で躍進したのはこの人
選挙最終日の16日、斎藤氏は最後の演説を「グランドフィナーレ」と呼び、神戸で最もにぎわう三宮駅前を選んでマイクを握った。
記者は1時間半ほど前に現地に到着したが、すでにSNSのXやインスタグラムで演説を知った人たちが集まり始めていた。そこからみるみる人が増え、車道にも人があふれ出て、駅前に到着するバスがなかなか動けないほどになった。商店街のアーケード2階部分をつなぐ陸橋の上にも人が殺到し、重みで陸橋の中央部が少しゆがみ始めた。
「橋がたわんでいるので、通行禁止です!」
と商店街やビルのスタッフがメガホンで絶叫するが、人の多さで声が届かず、なかなか通行を止められないほど。
斎藤氏が到着した午後6時ころには、集まった人は1千人を超すほどになった。交差点の周囲すべてが人で埋め尽くされ、警察官が通行する人のために、「う回路」を案内せざるをえない状況だった。
かつて同じ場所で、安倍晋三元首相が2019年の参院選で自民党と公明党候補の応援のために演説したときも、同じくらいの人が集まっていた。だがこのときは自民、公明の組織力を使った「大量動員」があった。
斎藤氏には組織的な支援はない。ネットには「サクラ」を疑う情報も流れていたが、斎藤陣営は、
「サクラでこれだけの人を集められるわけがない」
と愚痴っていた。
斎藤氏が選挙カーの演台に上ると、「斎藤さーん」「がんばれー」と声が響く。そして、多くの人が一斉にスマートフォンを取り出し、カメラを斎藤氏に向けて動画撮影を始めた。
斎藤氏の選挙取材で何度もあった男性は、こう話してくれた。
「自分が撮った動画を他の斎藤さんのファンにも提供して、それぞれが切り抜き、ショート動画などでアップする。今ではネット上で親しくなった20人くらいにSNSで渡している。20人の中には北海道の人もいて、有権者は自分しかいないはずです。でもそうやってSNSで展開すれば、全国の人が斎藤さん支持を有権者にアピールすることができます」
マイクを持った斎藤氏は、感に堪えない表情で演説を始めた。
「私が選挙戦を始めたときは1人でした。これだけ多くの方に集まってもらい、信じられない感じです」
石丸伸二氏の選挙参謀に相談
県議会から不信任決議を突きつけられ、斎藤氏は9月30日に失職した。斎藤氏が選挙プランナーの藤川晋之助氏に電話をかけたのは10月初めのことだ。藤川氏は、7月の都知事選で2位に躍進した前広島県安芸高田市長の石丸伸二氏の選挙を手掛けた人物だ。
藤川氏は斎藤氏からの電話の内容をよく覚えていると話す。斎藤氏は、こう相談してきたという。
「明日から朝、駅前で立ちます。けどスタッフは2、3人で、何からやればいいのか。ひとりぼっちです」
斎藤氏は、10月から兵庫県内の駅前で「朝立ち」を始めた。スタッフもつけず、一人で駅前に立ってあいさつし、当初は立ち止まる人もほとんどいなかった。JR加古川駅前で朝立ちする斎藤氏の取材に行った際は、大声で「元県民局長は亡くなってる!」と抗議をする人もいた。斎藤氏は、こう話していた。
「(県民から)冷たいというか、刺すような視線がたくさんあった。すごい勢いで内部告発の対応にクレームをつけてくる人がいて、心が折れそうになる」
SNSの情報拡散で変わった風向き
風向きを変えたのはXやインスタグラムといったSNSでの情報拡散だった。都知事選で知名度がなかった石丸氏が大きく躍進したのと同じ戦術だ。
県知事選がスタートすると、斎藤氏の演説会や陣営に、ブルーのTシャツを着たボランティアが増え、首からQRコードのカードをかけ、スマートフォンで読み取るとSNSにすぐに投稿できるのだ。斎藤氏は集まった人たちと記念撮影に応じ、その情報が拡散される。SNSで拡散するよう呼び掛けていたボランティアの1人に聞くと、
「デジタルボランティアです。どこにいても斎藤さんの応援ができます」
と話した。このデジタルボランティアが約400人まで広がり、街頭演説や斎藤氏を応援する動画などをSNSで拡散していった。
記者は文書問題が発覚した3月末に斎藤氏のXをフォローしたが、このときのフォロワーは2万人程度だったと記憶する。だが、当選を決めた11月17日には10倍の20万人を超えるほどに急上昇していた。
ネットには、斎藤氏の疑惑は、斎藤氏を陥れるためのウソで、斎藤氏は県議会やマスコミにはめられた被害者だと根拠不明に断じる情報が多くある。しかし、それらの情報が拡散されるなかで、「悪役」だった斎藤氏のイメージは、「正義の人」に変わっていった。
「SNSで政治が変えられる」と“推し活”
最後の演説をした16日の三宮駅前で、斎藤氏の到着を待っていたとき、2人組の女性から声をかけられた。
「都知事選でも会いましたよね。記事、見てます」
7月の都知事選で、前広島県安芸高田市長の石丸伸二氏の選挙のときに取材した人で、埼玉県から来ているという。
「石丸さんの選挙で、ネット、SNSはすごいと感じたんです。SNSで政治が変えられると。石丸さんの選挙が終わって何か物足りないところがあった。衆院選ではネットで玉木さんの国民民主党がいいと、推し活動をしました。そうしたら国民民主党が議席を伸ばしたので、やってよかったと思いました。今度は斎藤さんが盛り上がっていたので、それを推すため、追っかけてきました」
藤川氏によると、SNSを使って選挙を動かす「石丸方式」は、都知事選後も続いているのだという。石丸氏のあと、自民党総裁選では高市早苗氏がSNS戦略をたて、党員票ではトップになった。次に衆院選では玉木雄一郎代表の国民民主党がSNSに力を注ぎ、議席を4倍増にした。
「すべての始まりは石丸君だ。最初に石丸方式が大成功して、参加してくれたボランティアの熱量がますます高くなって『次はだれに』という問い合わせや相談が何度もあった。それが高市氏、国民民主党に流れ、そして斎藤氏だった」(藤川氏)
選挙終盤、斎藤氏にSNSについて聞くと、こう答えた。
「これまでさんざん、悪口もデマも書かれてきた。けど朝立ちにSNSを見て駆け付けてくれる人もいて、威力もわかってきた。前の選挙は政党の支援があり、資金も人もあったが、今回は何の組織もない。数少ないスタッフもSNSを使えばと言っているので流れに任せよう、それに乗って使っていきたい」
17日の当選後の会見では、斎藤氏はSNSのパワーに触れてこう語っていた。
「SNSを通じた選挙戦を、本当にご支援いただきながら広げさせていただいた。もともと、SNSはコメントが厳しかったりで、そんなに好きじゃなかった。やっぱり今回はSNSを通じて、いろんな広がりですね、見ていただいてる方がこんなにたくさんおられる。応援してくれる方がSNSを通じて広がる、プラスの面をすごく感じた」
「ネットの影響力、想像していなかった」
一方で、県知事選序盤では優勢と伝えられていたが、斎藤氏に敗れた前尼崎市長の稲村和美氏は、選挙戦の終盤になって、演説でネットに触れることが増えた。
「今回、こんなにネットが影響力をもつと私は想像してませんでした。ネットの中で情報を取られる方がすごくたくさんいらっしゃることを改めて実感しました」
ネットでは稲村氏に関するデマや中傷めいた投稿も多くあった。稲村陣営では、その打ち消しに追われたという。
斎藤氏を“推し活”している2人組の女性に、ネットには間違った情報も流れていることについて聞くと、こう話した。
「斎藤さんのパワハラがゼロとは思わないが、謝っている。マスコミで叩かれるほど悪いのかと思う。SNSでフェイクも出ているが、石丸さんを推して、ある程度、見分けることができるようになった。相手(稲村さん)をバッシングして、ビュー稼ぎの人もいるが、あんなことをすれば斎藤さんが背後にいるというデマが拡散しかねないのでダメです」
斎藤氏と石丸氏で新党構想も
勝利に沸く斎藤氏の陣営で、
「流れに乗って斎藤新党結成という動きもある」
という話を聞いた。
前回の知事選で支援した自民党、維新ともに、県議会で斎藤氏の不信任決議に賛成した。斎藤氏がこれから県政運営をしていくなかで、県議会に基盤がないこともあってだという。
衆院選、知事選と負けが続く、維新の吉村洋文知事もこ斎藤氏の「斎藤新党」に注目しているとの情報がある。
新党といえば、すでにその動きを見せているのが石丸氏だ。藤川氏が言う。
「石丸君が最近、うちの事務所にやってきて、新党構想のことを話した。今回の斎藤氏の当選は石丸方式によるものだ。石丸君に『君がやったことがすべてのはじまりだ』というと、これまであまり興味なさそうだった斎藤氏の躍進に、『そうなんですか。それは楽しみだ。しっかりと研究する』と言っていた。石丸君も斎藤氏も、自民党などとは一線を画してやるという方向性は同じでしょう。2人を結び付け、石丸斎藤新党こそ日本の政治に新たな流れを作れると思っている」
SNSを使った快進撃は、「新党」という、また新たな展開につながっていくのだろうか。
(AERA dot.編集部・今西憲之)
コメント
コメントを投稿